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お上品を目指す、のんき節

江戸話 16

2017年08月05日
◆4◆料理、菓子、酒 江戸時代の美味い物について語れ
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1: 日本@名無史さん 2008/01/30(水) 19:17:08
現代の和食の基礎となった江戸時代の食い物
食ってみたい料理から、コリャなんだつう料理まで
全部あげて満腹しよう

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◆1◆料理、菓子、酒 江戸時代の美味い物について語れ
◆2◆料理、菓子、酒 江戸時代の美味い物について語れ
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201: 日本@名無史さん 2008/05/16(金) 05:48:07
山東京伝にも京山にもウラミはないけど、
「天麩羅」京伝命名説はどうもなあ。
なんで浪速の駆け落ち男が「天竺浪人」なのかね……
もともとの「てんぷら」に当て字した、ってことか??

語源
「てんぷら」の語源には諸説ある。
江戸時代の戯作者山東京伝による、
「天竺浪人がふらりと江戸に出てきて始めた」
ことを由来とする創出という説

202: 日本@名無史さん 2008/05/16(金) 16:14:35
元々、魚のすり身を揚げたものを
「てんぷら」と言ってませんでしたか?

浪速の駆け落ち男が、魚や海老に衣をつけて
揚げたものを売り出す時、京伝に看板代わりに
「天麩羅」の漢字を書いてもらった。
だったような。

203: 日本@名無史さん 2008/05/16(金) 21:00:41
「テンポラ」「テンプル」から派生したらしい
「てんぷら」って料理は、上方から広まって
江戸中期には江戸でもはやってた。

それを「浪速の利助」たら言う人がさらに上方風の
「魚のすり身」で売り出すとき、
京伝が「天麩羅」って当て字を考えついたのかな。

204: 日本@名無史さん 2008/05/17(土) 02:08:31
名前の語源にも諸説あり。

ポルツガル語の「テンペラ」、オランダ語の「テンポラ」
外国人宣教師が金曜日の祭りを「テンポラ」といって、
魚のフライを食べたことに由来するなどなど。
(そういえば、金曜日はフライデーw)

山東京伝の上方からの浪人風に関わる逸話は
結局は真偽は謎ということだけど
世間的な話のネタとしては著名人起源説だし、
「良く言われている説は」・・・的な話としてokでは。




206: 日本@名無史さん 2008/05/17(土) 13:48:55
素朴な疑問ですが、一汁三菜とかを膳台に一人分づつ
出してそれぞれが自分の膳だけを食べる習慣って、
いつ頃定着したんでしょうか?

中国でも韓国でも、はるか東南アジアでも、
皿や器を卓にづらづら並べてそれを皆で
取り分けて食べるでしょ。
日本だけ特殊な感じがしませんか?
あっ、鍋だけは別ですね。

207: 日本@名無史さん 2008/05/17(土) 17:33:51
貴族では記録ではっきりするのは平安時代から
・・・飛鳥奈良時代もそうだったかも知れないけど
献立の記録はあっても配膳の仕方の記録がないとおもう
武士も鎌倉時代には各自の膳ではないのかな
これは禅宗渡来と一緒に伝わった精進料理の影響も
大きいと思う(各自マイ椀をもちそれぞれの膳で食べる)

一般庶民が銘々膳となると江戸時代以降じゃないかなぁ。

208: 日本@名無史さん 2008/05/17(土) 22:59:53
平民の箱膳とかの時代は短い気がする
うちのばあちゃんの子供時代ぐらいまでらしい

209: 日本@名無史さん 2008/05/19(月) 14:37:37
>これは禅宗渡来と一緒に伝わった
>精進料理の影響も大きいと思う

なるほど、お寺が精進料理を出してたのと
つながりが深そうですね。

>うちのばあちゃんの子供時代ぐらいまでらしい

明治以降はちゃぶ台にまとめて料理を
乗せるようになったんだ。

210: 日本@名無史さん 2008/05/19(月) 15:01:44
ちゃぶ台も地方によっては
普及しなかったところもありますよ
母の実家がある鹿児島とか、戦後でも各自箱膳

211: 日本@名無史さん 2008/05/19(月) 17:18:28
>>210
昭和何年ごろまで箱膳でしたか?

212: 210 2008/05/19(月) 17:37:34
具体的な年数までは聞かなかったが
「小学生のころ」その他諸々の話からすると
昭和20年代後半ぐらいかと思われる

213: 日本@名無史さん 2008/05/19(月) 18:43:06
208だけど俺のばあちゃんちは
昭和2年ぐらいまで箱膳だったらしい
東京だけど割と古い大店だったから
その辺に理由があるんだろうか
丁稚奉公人みたいのもまだいたらしいし

215: 日本@名無史さん 2008/05/19(月) 19:35:10
箱膳って、まさか御わん洗うよね?
どこかで食べたら拭くだけと読んだり
ビデオで見たりした気がするんだが

216: 日本@名無史さん 2008/05/19(月) 20:14:07
水で洗って、藁でこするんじゃないかな。
たわしができたのは明治になってから

217: 日本@名無史さん 2008/05/19(月) 20:38:50
明治時代に醤油屋の丁稚が発明するまで藁で洗っていた。
ガキのころ読んだ学研の『発明発見の秘密』に
書いてあった記憶がある。

221: 日本@名無史さん 2008/05/19(月) 22:44:24
>箱膳の茶碗は洗う

箱膳ではないのですが親族より伝え聞いたところによると
昭和40年代の京都市内の旧家では食後の茶碗に湯を注ぎ、
お茶漬けさらさらしてあと拭いて(何で拭いたのかは
失念して不明)そのまま水屋に元通りにしまっていた
そうであります。
つまり 洗っていません。

げー!・・・と思いますが、
上記の手順は茶会作法としては残ってます。
もちろん今の茶会はお客さんのお碗をひいた後
ちゃんと洗ってしまってるはずですが。
漆製品は一度こびり付いた汚れを取るのが大変ですので。

222: 日本@名無史さん 2008/05/19(月) 23:00:07
>>221

永平寺など禅寺の朝粥もそんな感じ。
お粥を食べたあと、沢庵をハシではさんで碗をこすり、
お湯を注いで飲み干して、それで終わり。

230: 日本@名無史さん 2008/05/21(水) 02:03:43
>>221
禅での食事の作法として沢庵で粥のあとを拭いて、
沢庵を食べて粥の腕には白湯を注いで飲む
→重ねて収納というのがあるのは知っているし、
禅寺の修行体験でその方法をとる事も了解する。

昭和40年代、決して旧家でもない京都市内のど庶民の
うちだけど普通にファミリーとかママレモンといった
合成洗剤を使っていた家も多かったと思う。

231: 日本@名無史さん 2008/05/21(水) 03:21:43
まぁ給食だってシチューの最後に
パンでふき取って食べろって今でも学校で習うし

232: 日本@名無史さん 2008/05/21(水) 04:53:57
西洋料理は肉食ったあと皿に残ったグレービーソースを
パンで拭いて食うのが一般的だからな
しかしそのあとでちゃんと皿は水洗いする

241: 日本@名無史さん 2008/05/21(水) 20:34:25
>>232
江戸時代の精進料理って脂っこいもの
無かったからじゃないかな。

233: 日本@名無史さん 2008/05/21(水) 06:34:52
江戸前の寿司が二貫づつ出てくるのは、
一口で食べられない関西人のために、
包丁で二つに切ってあげたからだって聞いたけど、
ソースが出てこない……
むかしは相等デカかったのか?

234: 日本@名無史さん 2008/05/21(水) 06:51:16
おにぎりとかハンバーガーぐらい
どっしりしたものでしたよ

235: 日本@名無史さん 2008/05/21(水) 09:06:08
2つでどんぶり飯ぐらいのシャリだったらしいね

236: 日本@名無史さん 2008/05/21(水) 12:58:37
寿司飯も今よりデカっかったが、ネタも違ってた。
刺身は無かった。漬け、酢じめ、卵焼きのように
手のかかったネタだったそうだ。
鉄火巻きも漬けマグロで巻いたそうだ。

237: 日本@名無史さん 2008/05/21(水) 13:54:18
今でも本格的江戸前ずし!・・・を売りにする店は
ネタの下ごしらえが自慢と言うところが多いね
だから一番の自慢メニューがトロじゃなくて
卵だったりコハダだったりする

下ごしらえを丁寧にするのは
冷蔵庫がなかったせいもあるんじゃ無かろうか

238: 日本@名無史さん 2008/05/21(水) 15:09:01
>江戸前の寿司が二貫づつ出てくるのは、
一口で食べられない関西人のために、
包丁で二つに切ってあげたからだって聞いたけど、

江戸末期から明治にかけて、
握り寿司が全国に広まったと何かで読んだ。
それで江戸でも小さな握り寿司を二貫づつ
出すようにしたらしい。

239: 日本@名無史さん 2008/05/21(水) 15:55:56
文政ぐらいだっけ?江戸前寿司ができたのって
湯のみがでかいのは屋台でいちいちお代わりする客に
対応するのが面倒だからとか最近の寿司(回転。大阪発。
ついでに大正期に女給さんおさわりカフェ作ったのも大阪人)
ではハンバーグみたいののってるけど
これも時代の流れかね・・・

242: 日本@名無史さん 2008/05/22(木) 01:42:54
肉食わないもんな

243: 日本@名無史さん 2008/05/22(木) 01:59:15
全く食ってないわけでもないが
鶴とか鹿とか

245: 日本@名無史さん 2008/05/22(木) 08:33:40
ももんじ屋で色んな獣肉食べてたよね。
戦国時代でも滋養強壮の為に肉も食べられてたよね。

253: 日本@名無史さん 2008/05/23(金) 00:03:29
>>245
両国にももんじ屋あるけど
熊肉は妙に脂っこくて
淡白な味に馴れた江戸時代仁には厳しそう
猪肉も今の豚肉とは
比較にならないくらい硬いし臭いもきつい
狸肉は狸汁で食ったが強い味噌の味で
癖をごまかす必要があるんだろう
野生の獣肉はなかなか食いにくいよ

249: 日本@名無史さん 2008/05/22(木) 22:21:46
京都だと、食べ物が東人の舌にあわないことを
陰で笑ってたりする。
江戸では上方人の口蓋に合わせて、
寿司を切って出す。
これが「粋」と言うものだ。

250: 日本@名無史さん 2008/05/22(木) 23:02:06
先日京都に行ってきた。昼食に盛り蕎麦を食べたのだが、
東国人の自分には、つゆが濃くて、やたら甘いのに驚いた。
これは、店の特徴なのか、地方色なのだろうか・・・

253: 日本@名無史さん 2008/05/23(金) 00:03:29
>>250
京都名物はニシンそばだぞ

254: 250 2008/05/23(金) 00:42:59
>>253
ニシンですかぁ、漏れはどうも小骨が多いのと
独特の香りがあって苦手なのです。
調達可能な食材でいかに美味しくいただくか、
その為の工夫の積み重ねが豊かな文化を生んだ訳ですね

263: 日本@名無史さん 2008/05/23(金) 12:14:35
>>250
つゆの味は店にもよるものだろうから、
一つの店の味付けではわからんよ。

256: 日本@名無史さん 2008/05/23(金) 00:58:05
鹿肉の味噌漬けとか粕漬けうめぇー!
池波の小説に出て来てもおかしくないぐらいうめぇー!
で、これって江戸時代にもあったの?

257: 日本@名無史さん 2008/05/23(金) 01:22:10
>>256
縄文時代の遺跡から出てくる獣肉はほとんど猪肉か鹿肉だ
神社の神事でも猪や鹿の人形に矢を射かけるのがよくある
鹿は日本の伝統食

259: 日本@名無史さん 2008/05/23(金) 06:53:41
肉ったって 牛は食わなかったけど
鳥は食べていたんじゃないの
よく軍鶏鍋とか聞くけどさ どうなんだろう。

261: 日本@名無史さん 2008/05/23(金) 09:20:31
鴨も食べられていたね

262: 日本@名無史さん 2008/05/23(金) 10:41:53
兎と鳩は昔食った時おいしかった
カンガルーとクジラはまずかった
あと馬がうまくて好き
別に牛豚なくても俺は生きていけるな

264: 日本@名無史さん 2008/05/23(金) 13:01:18
ま、滅多に食べられる物ではなかった
というのがファイナルアンサーかと>江戸の獣肉

265: 日本@名無史さん 2008/05/23(金) 18:01:13
ま、薬食いってもんだしな。
ところで港区の郷土資料館には芝(港区ね)の薩摩藩邸から
豚の骨が発掘されたなんて展示があるのだが、
その用途は食用だったようす。
今でも薩摩の黒豚なんて銘柄肉でもあるのだけど、
薩摩藩邸で食された豚は藩邸内で
飼育されていたのだろうか。

幕末になると、「豚肉好きの慶喜」とか、
京の新選組が屯所に本願寺内で豚を食べ、
寺では匂いに閉口したなんて逸話が良く紹介される
わけだが、それらの豚の飼育はどこで?

266: 日本@名無史さん 2008/05/23(金) 19:43:01
薬食っていっても、表向きにでしょ。
大石内蔵助は牛肉の味噌漬けが好きで、
七輪で焼いて食べていたって聞いた事がある。
今食べても普通においしそうだよね。

267: 日本@名無史さん 2008/05/23(金) 19:48:37
>薩摩藩邸で食された豚は藩邸内で
>飼育されていたのだろうか

藩邸では馬は飼っても、豚は飼わないと思います。
今でも街中では養豚施設は無いので、
おそらく近郊の農家あたりから買ってきたのでは。

271: 日本@名無史さん 2008/05/23(金) 21:52:43
>>267
残念 藩邸内飼育でした

>江戸時代後期の農学者・佐藤信淵(のぶひろ)が
著した「経済要録」には
「薩侯の邸中に飼(かう)処(ところ)
なる白毛豕(ぶた)は、其味殊更上品にして、
食物も亦(また)法に叶へり」
 http://373news.com/_bunka/jikokushi/21.php
※リンク切れ

269: 日本@名無史さん 2008/05/23(金) 21:13:25
名所江戸百景に山くじらの屋台が描かれたものがあるけど、
いくら江戸時代でも田んぼに猪がいるとも思えないし
どこかの山で獲られた猪を江戸に送るには手間がかかる
安定した商売として屋台で山くじらを扱えるかのだろうか
と思う今日この頃でございます。

273: 日本@名無史さん 2008/05/24(土) 02:26:54
火縄銃もった猟師っつーのがいるんだから
獣肉の需要もあったんじゃないかな?
あと飢饉のときはせっぱつまってるから
農耕馬や牛も食ったんじゃないかね
人肉や土壁とかより先に食ってると思うし

274: 日本@名無史さん 2008/05/24(土) 04:10:11
飢饉のことは知らないけど、
農は食用の家畜は飼わないんでは?
肉系の商品流通ルートてよくわからない

275: 日本@名無史さん 2008/05/24(土) 05:22:41
「下級武士の食生活」という江戸へ赴任してきた紀州藩の
下級武士の食生活をネタにした本があるのですが
(主人公の坂井伴四郎は日記にその日食べたものを
事細かに書き残している)風邪を理由にたびたび
豚肉を食べているようです。

外出先で豚鍋で酒を飲んだり
「ぶた肉百文之買候」と、生肉を買って
翌日に鍋にして酒三合飲むとかあります

281: 日本@名無史さん 2008/05/24(土) 20:07:34
>>275
あの本見てると酒飲み過ぎだろってくらい飲んでるよな
昼間からでも

279: 日本@名無史さん 2008/05/24(土) 14:26:57
昔は関東では肉と言えば豚ですき焼きにも豚を使った
畑作地帯が多いので野菜屑を飼料にできて
堆肥も取れる豚は価値がある
江戸時代以前から飼われていたと考えるべき

282: 日本@名無史さん 2008/05/25(日) 01:13:18
豚を風邪を理由にして食うてことは
普段は食わない、まして家での日常食ではないと
理解するんだが

284: 日本@名無史さん 2008/05/25(日) 01:50:54
>>282
そんなのは当たり前だよ。
日常的に食べてるなら「ぶた買、大おごり」
なんて日記には書かないよ。
100文という値段も理由になるんじゃないかな?
結構な贅沢だし。
この値段と同クラスだと、サメ(100文)と
ドジョウ(149文)が登場する
これらは年に1~2回しか食卓に上がっていない

ただ、風邪を理由にしてたびたび食ってるということは、
伴四郎、豚大好きなんだよな

他にも、殿様が鷹狩に使う鷹の餌になる鳩を
ちょろまかして来て長屋の連中と鍋にして
酒盛りをしたとか、肉結構食べてるんだよな

283: 日本@名無史さん 2008/05/25(日) 01:50:42
伴四郎の場合は、肉を常食したくても
出来ないような感じはするがな
普段は十文二十文のオカズばかりだし日記の内容も、
人参を安く買ったから
昼飯に食おうと思って煮付けといたら
同居してるおじ上に食われたとか
おじ上は無駄遣いが多いって愚痴るとか
かなり倹約してる
肉はたまの贅沢に含まれるって感じ

286: 日本@名無史さん 2008/05/25(日) 06:34:56
清川八郎はウナギ好きだよな
なんか日記にやたら書いてるし
ウナギないってわかってしょうがなくてナマズ食ったら
やっぱり不味くてウナギのうまさを
再確認したとか愚痴ってるし

290: 日本@名無史さん 2008/05/26(月) 15:23:56
昔、すき焼きは鴨肉とねぎを甘辛のたれを漬けて、
さっと焼いて食べたそうだ。
徳川将軍たちもこうして鴨を食べてたらしい。

291: 日本@名無史さん 2008/05/26(月) 20:01:16
鴨すきかー
食ったことないけど美味いらしい
つか、かもってどんな味なん?
給食のかも南蛮はまずかったけど

303: 日本@名無史さん 2008/05/30(金) 21:11:35
ふとビールを飲みながら考えたんだが
日本て発泡酒(炭酸発酵酒)
ってあんまり発展しなかったよね
日本酒でも炭酸発酵したお酒なんての
今はときどき見るけど
それを洗練させて追及していったような
そういうタイプの酒ってないよね?

305: 日本@名無史さん 2008/06/02(月) 19:33:10
>>303
しかし、濁り酒を清酒にするのに
灰を使うという大発明をしてます。

307: 日本@名無史さん 2008/06/02(月) 21:27:11
>>305
うちでも、酒を造っていますが、
よく、「怒られた使用人が腹いせに
灰を入れたら澄んだ酒になった」
と言われますが、どうも、その理屈がわからないのです。
(ふつう、搾った酒はしばらく静置すると
自然に滓が下がって上澄みと分離します。
それでも白濁するような場合には
柿渋などで凝集沈殿させます)

清澄作用を期待するよりは、
灰のアルカリ分で酒の酸度が低くなって、
飲みやすくなったと言うなら解るのですが。
どなたか、詳しい方は居ませんでしょうか?
酒の大発明と言えば、「火入れ」低音殺菌でしょうか。

308: 日本@名無史さん 2008/06/02(月) 21:47:10
 http://www.rakuten.co.jp/shimazu/535476/538934/
※リンク切れ

おそらく「肥後の赤酒」と同じ製法だと思うのだが
灰を入れるのは酒の発行を止めるため
=保存性を高めるためとしている。
火入れもしないらしい。

309: 日本@名無史さん 2008/06/02(月) 22:42:42
スパークリングワインて
失敗作だけど飲んでみたらうまかったので
作るようになったっていうけど
なんか失敗したけどうまかった伝説って定番なのかね

316: 日本@名無史さん 2008/06/07(土) 14:48:14
中御門天皇の従四位の象さんは死んだあと
お吸い物にされて結構美味しかったらしいのだが
象さんって美味しいんですかね・・・

317: 日本@名無史さん 2008/06/07(土) 15:04:48
>>316
サンコンが以前、象うまいよとマジな顔して
テレビで話していた…多分うまい。

318: 日本@名無史さん 2008/06/07(土) 19:00:38
ゾーっとした!

---

幕末単身赴任 下級武士の食日記 増補版 (ちくま文庫)

青木 直己 / 筑摩書房


:http://itest.2ch.net/test/read.cgi/history/1201688228/
http://blog.livedoor.jp/waruneko00326-002/archives/50511492.html

ついで。
2017年8月23日
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