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風流荘風雅屋

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お上品を目指す、のんき節

地獄絵

地獄を描いた浮世絵画像を貼ってみる

1:1:2011/01/23(日) 22:14:46.53 ID:cWghfU5e0
今晩は、浮世絵スキーです。

先日、「次回は地獄絵を題材に致すべし」との
仰せがありましたので、ネタになりそうな画像を
色々と探してみましたものの、案外、浮世絵の方では、
地獄を題材にしたものは少なく、どうにも苦労致しました。

つきましては、地獄の景以外にも、閻魔大王をはじめとして
冥官、獄卒、もしくは奪衣婆などを題材にしたものも含めて
おりますので、以上の点につきましては何卒ご了承下さい。

それでは参ります。

歌川国芳:<地獄図>
c0072801_16213926.jpg
9:1:2011/01/23(日) 22:20:14.07 ID:cWghfU5e0
なお、ご存知のように日本の地獄には多種多様の地獄が
ありますが、こちらで その一々を述べるとなりますと非常に
煩雑となりますので、個々の地獄の詳細につきましては、
wiki等にて ご参照下さい。

地獄 (仏教) - Wikipedia
八大地獄 - Wikipedia



10:1:2011/01/23(日) 22:27:16.05 ID:cWghfU5e0
歌川国芳:枕辺深閨梅(ちんぺんしんけいばい)口絵
c0072801_16225922.jpg
こちらは国芳の自画作による艶本「枕辺深閨梅」
(「金瓶梅」のパロディ本)の口絵に描かれた
国芳の自画像。本図のような地獄模様のドテラは、
猫と並ぶ、国芳のトレードマークだったりします。

12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2011/01/23(日) 22:32:20.19 ID:CB42NtJj0
風景とかなら分かるが地獄ってどういう意図で描いてんだろ?
妖怪とかと一緒でファンタジーなのかなやっぱ

15:1:2011/01/23(日) 22:57:46.98 ID:cWghfU5e0
>>12
まぁ、当時は庶民の間には通常の仏教と並んで閻魔大王や
奪衣婆などを 祀る地獄信仰ともいうべきものもありましたし、
後述しますような、教化を目的とした作品も見られますので、
そういった観点から見るのもアリではなかろうかと思います。

ついでながら、自分が読んだ本ですが地獄信仰については
下記の本が 内容&文章がノリノリで面白いので、
ご一読されるのも宜しいかと存じます。

庶民に愛された地獄信仰の謎 小野小町は奪衣婆になったのか
(講談社プラスアルファ新書)


14:1:2011/01/23(日) 22:45:56.44 ID:cWghfU5e0
歌川国芳(?):<八代目 市川団十郎・死絵>
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幕末の歌舞伎界において多くの女性ファンを魅了した名優、
八代目市川団十郎は、安政元年(1854年)、巡業先の
大坂で原因不明の割腹自殺を遂げましたが、その際には、
多くの死絵が版行され、その種類は300種にも及んだと
言われています。

本図はその中でもユーモラスな作品で、地獄の赤鬼が団十郎
の腕をむんずと掴んで引き寄せようとするのに対し、
三途の川で死者の着物を剥ぐ奪衣婆を先頭に、娘や女房、
芸者、花魁、女中、お内儀さん、果ては白装束の幽霊まで
が、連れて行かせるまいと引き止めようとする図柄に
なっています。

なお、本図は落款が無いため国芳の作品とは断定できませんが、
国芳のブレーンであり知己でもあった、梅屋鶴寿が賛を添えて
います。
市川團十郎 (8代目) - Wikipedia
死絵 - Wikipedia

17:1:2011/01/23(日) 23:10:19.44 ID:cWghfU5e0
歌川国芳:<奪衣婆に願掛け>
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幕末の嘉永二年(1849年)、江戸は内藤新宿の正受院に
祀られている奪衣婆に詣でるとご利益があるという評判が立ち、
そのために、日ごとに群衆が押しかけて様々な願い事を
頼みました。
しかし、これを良い事に坊主が人々を まやかして金を取り
はじめたため、寺社奉行からの取締りがなされ、
またたく間に流行は廃れてしまいました。

なお、当時は この奪衣婆を題材にした多くの
浮世絵が版行されました。
正受院 - Wikipedia
【参考リンク】奪衣婆
 http://kkubota.cool.ne.jp/datueba.htm

18:1:2011/01/23(日) 23:20:16.89 ID:cWghfU5e0
歌川国芳:開談百気夜行/艶イ八大開(えんまらだいぼぼ)
※「まら」は「人偏」に「八」
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男女の性器を妖怪に見立てた、国芳のエロパロ作品集である
「開談百気夜行」(かいだんひゃっきやぎょう)の中の一枚。

閻魔大王の顔面と王冠は男女性器の集合で描かれており、
炎下には餓鬼道ならぬ「かきどう=掻き道」に堕ちた男女が
描かれています。

21:1:2011/01/23(日) 23:31:00.45 ID:cWghfU5e0
>>18
補足:
元ネタの方である餓鬼道では、亡者が飯を食べようとすると
それが炎に包まれて食べる事が出来なくなるという表現があり、
こちらの描写は、女性の亡者にナニを挿入しようとすると陰部
から炎が吹き上がるために、入れたくて入れたくてたまらない
にもかかわらず結果として、マスを掻かざるを得ない…
という事ではないかと推測されます。

25:1:2011/01/23(日) 23:47:18.38 ID:cWghfU5e0
歌川貞重(国輝):<賽の河原>
c0072801_16331697.jpg
昔、徳のある夫婦がおり、男子10人、女子10人もの子沢山
であった。しかし、いかなる妄執からであろうか、男子の方は
病気がちであったため、母はこれを憂い、地蔵尊に願掛けを
して毎晩通ったが、ある日の夜のこと夢の中に、賽の河原で
子供たちを守る地蔵尊の姿をありありと見たため、これを
更なる契機として信心を怠らずに ますます願掛けを勤めた
ところ、その功徳により男子たちは皆、壮健となり、
ことごとく100歳もの長寿を保ったという。この図は、
件の話しをそのまま図にしたものである。(大意)

27:1:2011/01/24(月) 00:01:29.30 ID:fu7eAalp0
歌川貞重(国輝):教訓三界図会
c0072801_16344378.jpg
天界・人間界・地獄を三層に描いた作品で、
それぞれの層に短い教訓が書き添えられています。

天界:天道にて人間の善悪を帳面に記したまう
人間界:人々、油断すべからず
地獄:地獄は己が心より生ず

しかし、何故か地獄は開店(?)準備中、閻魔大王や冥官は
居眠りをし、配下の獄卒は地獄の釜にこびりついた煤の掃除
をし、浄玻璃の鏡を磨き、奪衣婆は、獄卒たちが腰に着ける
虎の毛皮の腰巻きの繕いをしています。

30:1:2011/01/24(月) 00:19:36.87 ID:XjlpnBz+0
歌川国明:<子返しの戒め>
c0072801_16374141.jpg
天から授かった子供を堕胎・間引きするとは鬼よりも恐ろしい
と説いた印施(いんせ:民衆教化のための無料配布物。
「印刷・施行」の略称)で関東地方の代官が配布したものです。

閻魔大王の傍らにある「浄玻璃の鏡」は亡者の生前の姿を
映し出す鏡です。文章の大意は以下の通り。

子返し(間引き)をする人の顔を見たければ、
この鏡に映る顔を見よ。顔かたちは優しくとも、
心の有様は鬼よりも恐ろしい事である。

天の力により人が生まれるという事は、人の力の及ぶところ
では無い。人間が生を受けるという事は、その恵みは天から
与えられるものであり、その理を知らずにして、貧しい者は
子供がいるから困窮すると心得違いをし妊娠の際に薬を
使って堕胎し、出生の後にはこれを間引きするため、天から
与えられていた恵みは失せてしまい、そのためにいよいよ
貧しくなるのである。
よって、子供というものは天から与えられた存在である事を
よくよくわきまえ、心して養育に当たるようにしなければ
ならない。

32:1:2011/01/24(月) 00:28:31.48 ID:XjlpnBz+0
つづき
殊(こと)に、当郡においては、生活が貧しく、子供を育てる
ことが難しいという者に対しては、そのための手当てを下賜
する事になっているがこれは他所の場所では行っていない、
まさに御恵みと申すべきものである。

そういった有難い手当てが下賜される事を考えても、
堕胎・間引きなどはこれを軽々しく行ってはならない事を
よくよく考えよ。

33:1:2011/01/24(月) 00:37:04.99 ID:XjlpnBz+0
歌川芳藤:新板 猫の戯画
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天敵である猫だらけの世界…
それが鼠にとっての地獄でした。

賽の河原で、お地蔵様の代わりに鼠を助けてくれる存在は、
自分たちが、普段から お使いを勤める大黒様です。

34:1:2011/01/24(月) 00:47:13.65 ID:XjlpnBz+0
月岡芳年:地獄休日
c0072801_16395917.jpg
普段は忙しい地獄も、たまにはお休みでしょうか。
背後の浄玻璃の鏡には、地上での戦争の様子が
映し出されていますが、そんな事はさて置いて
閻魔大王と お地蔵様が睨めっこの真っ最中です。

なお、版行された時期からして戊辰戦争の風刺画と推測され、
お地蔵様の衣に菊の紋が描かれている事から、こちらは朝廷、
すなわち新政府軍を表し、対する閻魔大王が旧幕府方を
表していると思われます。

35:1:2011/01/24(月) 00:59:20.78 ID:XjlpnBz+0
月岡芳年:一魁随筆/朝比奈三郎義秀
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朝比奈義秀は、和田義盛と巴御前の間に生まれたとされる
剛勇無双の武士ですが、義盛が北条氏と戦った和田合戦の後
行方不明となり、異国や地獄を巡ったという伝説があります。

本図は地獄へと乗り込んだ義秀が、獄卒たちを蹴散らし
最後には閻魔大王を従えるという場面を描いたものですが、
義秀の姿は、歌舞伎「寿曽我対面」に登場する隈取&衣装で
描かれています。
朝比奈義秀 - Wikipedia

36:1:2011/01/24(月) 01:14:50.16 ID:XjlpnBz+0
月岡芳年:皇国二十四功/信濃国の孝子善之丞
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信濃国(現・長野県)に住む善右衛門は難病にかかっており、
彼の息子である善之丞は、毎晩、地蔵堂に病気平癒の願掛け
を行っていましたが、ある晩、夢の中において閻魔大王を
はじめとする地獄の住人から、善右衛門が前世において
行った悪行を見せられます。

そこで、善之丞は父の罪障が軽くなるように詫びを尽くし、
神仏に懸命に祈ったところ、諸天の善神がこれに感応したため
既に危篤にあった善右衛門の病状は快癒するに至ったのでした。

37:1:2011/01/24(月) 01:29:56.31 ID:XjlpnBz+0
月岡芳年:平清盛炎焼病之図
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平氏の棟梁として権勢を振るった平清盛でしたが、
治承四年(1180年)の、平重衡による南都焼き討ちで、
奈良・七大寺の内、東大寺と興福寺を焼いてしまいました。

その結果、恐るべき大重罪が平清盛の身に降りかかり、
翌年の養和元年(1181年)に、清盛は高熱の病に罹患し、
身は炭が赤く熱したような状態となり、
血は火のように燃えるような状態となりました。

そして清盛の最期は、身体中から炎が出るような病状となり、
高熱に冒されて、苦しみ悶えながら死去したのでした。

38:1:2011/01/24(月) 01:37:53.36 ID:XjlpnBz+0
さて、ここからは河鍋暁斎の作品を色々と貼って参りますが、
そもそも、基本的に暁斎は、あくまでも狩野派の絵師であって、
浮世絵師という訳ではないのですが、幼少時には短期間とは
いえ国芳に入門し、その後も、狩野派の絵師としての画業と
並行して木版浮世絵を媒体としての作品の発表を多く行って
いますので、以上の点を鑑みまして画像を貼らせて頂きたく
存じます。

39:1:2011/01/24(月) 01:44:52.95 ID:XjlpnBz+0
では、まずは版画作品から。

河鍋暁斎:<地獄の釜の蓋を開くるの図>
c0072801_16452582.jpg
こちらも前出の「地獄休日」のような
幕末の政情の風刺画であると思われますが
当時の人ならばともかく、現在においては
内容を読み解く事は非常に難解です。

40:1:2011/01/24(月) 01:48:47.65 ID:XjlpnBz+0
河鍋暁斎:暁斎百図/地獄の休日
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版行時期が先行している事と、構成が良く似ているので、
恐らくは芳年が参考、もしくは下敷きにしたと考えられます。

41:1:2011/01/24(月) 02:00:04.63 ID:XjlpnBz+0
河鍋暁斎:暁斎百図/地獄で仏
c0072801_16471992.jpg
閻魔大王の前で見得を切る、
お地蔵様の姿を芝居見立てで描いた作品。
桟敷席では亡者達が観劇を楽しんでいます。

なお、赤鬼が閻魔大王の前に突き出している蝋燭は
「面明かり」といって役者の顔を照らす、
現在のスポットライトに相当する装置です。

【参考リンク】歌舞伎のおはなし 第120話 面明かり
 http://www2.rosenet.ne.jp/~spa/kabuki/html/ess/ess120.html

42:1:2011/01/24(月) 02:14:00.25 ID:XjlpnBz+0
河鍋暁斎:暁斎楽画・第一号<地獄の開化:その1>
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こちらは明治に入ってからの作品です。

今や文明開化は、地上だけではなく地獄にも及び、閻魔大王
たちも今までの旧弊を脱却せざるを得なくなりました。
そして、閻魔大王は断髪して髪型を散切り頭にし、
一足先に洋装になった奪衣婆が、洋服を用意しています。

また、冥官たちが使っていた寿命帳や亡者の罪状札は焼き捨て
られ獄卒たちの金棒などは、金屑屋に買い取られていますが、
表情から察するに、どうやら二束三文にしかならないようです。

なお、鬼達の角を、神官と思われる男性達が伐っていますが、
これは廃仏毀釈に関連して、仏教との繋がりが深い地獄の信仰
を神道が駆逐するという事の風刺ではないかと推測されます。

43:1:2011/01/24(月) 02:24:00.70 ID:XjlpnBz+0
河鍋暁斎:暁斎楽画・第四号<地獄の開化その2>
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地獄の文明開化は更に加速し、馬車や人力車が走り、電線が
引かれ獄卒の代表格ともいえる牛頭(ごず)は、牛肉料理の
屋台を開き、対する馬頭(めず)は、冥官の道具などを売る
古道具屋へと転身、そして、釈迦や阿弥陀といった諸仏も
地獄へと下り、開化の効用を亡者たちへ講釈しています。

44:1:2011/01/24(月) 02:28:05.07 ID:XjlpnBz+0
ここからは暁斎の本領発揮と言うべき肉筆画の世界です。
とりあえず、余計な解説は無しでバンバンと貼っていきます。

河鍋暁斎:<地獄図>
c0072801_16504552.jpg
45:1:2011/01/24(月) 02:30:57.15 ID:XjlpnBz+0
河鍋暁斎:<閻魔大王>
c0072801_1651284.jpg
46:1:2011/01/24(月) 02:34:06.68 ID:XjlpnBz+0
河鍋暁斎:<閻魔の前に引き据えられる僧侶>
c0072801_16515693.jpg
47:1:2011/01/24(月) 02:35:50.79 ID:XjlpnBz+0
河鍋暁斎:<閻魔の前での責め苦>
c0072801_16525418.jpg
48:1:2011/01/24(月) 02:37:34.07 ID:XjlpnBz+0
河鍋暁斎:<地獄の責め苦>
c0072801_16534919.jpg
50:1:2011/01/24(月) 02:46:25.97 ID:XjlpnBz+0
河鍋暁斎:<閻魔大王浄玻璃鏡図>
c0072801_16541378.jpg
こちらからは解説が必要なので少々。

元々、浄玻璃の鏡には、生前の悪行が映し出されるにも
かかわらず、この亡者は、本来ならば来るべきではない
地獄に、何らかの手違いで送られてしまったと思われ、
鏡には悪行を行う姿どころか清いままの女性の姿が映る
のみで、閻魔大王も不測の事態に困惑…という状況。

51:1:2011/01/24(月) 03:02:51.44 ID:XjlpnBz+0
河鍋暁斎:<地獄見物>(勝田田鶴追善画帳より)
c0072801_16552425.jpg
日本橋の小間物問屋、勝田五兵衛が
明治2年(1869年)に、たつ(田鶴)という
14歳の娘を亡くし、その娘の追善供養のため暁斎に
依頼したもので折本仕立になっており、その内の一図。

画帳の内容は、臨終の後に阿弥陀如来の来迎により
極楽へと向かう たつ が、如来に引率されて冥界に至り、
先に亡くなっていた家族と対面し、如来の威光に平伏した
閻魔大王を従えての地獄見物の後、極楽浄土へと到達する…
といったものです。

なお、他の図については下記にて見られますので、
暁斎の細密且つ超絶技巧を存分に堪能して下さい。

河鍋暁斎 本画 Ⅲ Kyosai03
 http://www.muian.com/muian04/04kawanabe03.htm

52:1:2011/01/24(月) 03:26:45.13 ID:XjlpnBz+0
それでは、そろそろいい時間ですので、
今宵はここいらに致したく存じますが、
最期に色々と考えされられる1枚を貼って
御免致します。

小林清親:日本万歳 百撰百笑/地獄の大繁昌
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日清戦争の戦勝機運に乗って版行された揃物で、
内容はいずれも当時の清国に対する露骨なまでの
差別ネタのオンパレードになっています。

なお、当作品の内容は、豊島沖での海戦以降、
清国軍の戦死者が続々と地獄へと堕ちてきてしまい
閻魔大王は取り調べに大わらわ。

獄卒が
「これほどの数の亡者が押し掛けてくるのは地獄の開闢以来
初めてです。おまけに来る奴らは、皆チャンチャン坊主ども
ばかりですが、何でまたこいつらは、こんなにもすぐ
死ぬものなのでしょうかね」と言うと、閻魔大王曰く
「それだから、こやつらの国の名を『死国(しなこく)』
と申すのだ」

どっとはらい。

55:1:2011/01/24(月) 08:03:07.43 ID:XjlpnBz+0
どうもおはようございます。
昨晩貼りそびれたのがありましたので追加をば。

歌川国芳:国芳もやう正札付現金男/唐犬権兵衛
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唐犬権兵衛は、江戸時代前期の侠客で、幕府旗本・大道寺権内
の屋敷前を通行する折、手飼いの唐犬2匹をけしかけられた
とき、権兵衛は土足で犬を踏み殺したというので「唐犬」の
異名をとったとされ、幡随院長兵衛の死後、町奴の頭目として
重きをなしたと伝えられていますが、後に刑死しています。

なお、この作品での権兵衛は地獄変相図の着物を着ており、
直接には顔を見せない背後からの構図に、他作品にも登場
する、国芳の自画像としての性格も見え隠れしています。
唐犬権兵衛 - Wikipedia

56:1:2011/01/24(月) 08:43:23.13 ID:XjlpnBz+0
豊原国周:水滸伝地獄廻り
c0072801_1715112.jpg
現世で抗争をした挙句、地獄へとやって来たと思われる男伊達
な一団、地獄の責め苦を受けるどころか、逆に諸肌脱ぎで
獄卒たちを蹴散らし、更には、閻魔大王までも軽くあしらう
という剛勇っぷりを発揮します。
なお、表題の「水滸伝」は、男たちの全身に施された刺青が、
同じく倶梨伽羅紋々のイメージで知られる水滸伝の人物達に
なぞらえたものからであろうと思われます。

54:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2011/01/24(月) 04:48:44.81 ID:qrDic/8D0
浮世絵おもしろいなぁたまらんなぁありがたいなぁ

http://blog.livedoor.jp/vipsister23/archives/2034166.html
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by buttonde | 2011-01-24 17:06 | 日本画 | Trackback | Comments(0)
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